ミクシィ「元気の出るシニア」
ミクシィに「元気の出るシニア」というコミニュティがあります。
知り合いのモッチーママさんが主宰しています。
インターネットをするシニアの拠り所です。
これからインターネットに取り組もうとしている方。
すでにインターネットに取り組んではいるけれど、つまづいている方。
もうインターネットのベテランさん(上記の方々への手助けをしてください)。
もうインターネットビジネスで収入を得ている方。
(これは私の意見ですが、「収入の多寡」より、いくらであろうと「収入になること=社会の評価」だと思います。インターネットはこれからのシニアの格好の社会参加の場だと思っています。多くのシニアたちを元気付ける意味で、あなたの経験をご教示ください)
書き込みは自由です。
日々の身辺雑記、イベント案内(お誘い)、社会問題に対する意見、どうかあなたのお知恵を広く皆様に公開してください。あ、直接的なビジネスの宣伝とか、販売のためのURL掲載はNGですので、ご承知ください。
コミニュティには不肖R50も参加しておりますが、主(あるじ)のモッチーママさんがあなたを優しく出迎えてくれます。
あ、ミクシィについてはご存知ですよね。
先日の朝日新聞にも出ていました。
上場したらアッという間に高値がついた、ということでも話題になっていました。
ソーシャル・ネットワーキング・サイトというのだそうです。
友達の友達は皆友達だ!というヤツですね。
すでに参加している人の招待がなければ入れません。
必要な場合はR50にメールをいただければご招待いたします。
元気の出るシニアは
http://mixi.jp/view_community.pl?id=682336
です。
どうか、ご参加を
知り合いのモッチーママさんが主宰しています。
インターネットをするシニアの拠り所です。
これからインターネットに取り組もうとしている方。
すでにインターネットに取り組んではいるけれど、つまづいている方。
もうインターネットのベテランさん(上記の方々への手助けをしてください)。
もうインターネットビジネスで収入を得ている方。
(これは私の意見ですが、「収入の多寡」より、いくらであろうと「収入になること=社会の評価」だと思います。インターネットはこれからのシニアの格好の社会参加の場だと思っています。多くのシニアたちを元気付ける意味で、あなたの経験をご教示ください)
書き込みは自由です。
日々の身辺雑記、イベント案内(お誘い)、社会問題に対する意見、どうかあなたのお知恵を広く皆様に公開してください。あ、直接的なビジネスの宣伝とか、販売のためのURL掲載はNGですので、ご承知ください。
コミニュティには不肖R50も参加しておりますが、主(あるじ)のモッチーママさんがあなたを優しく出迎えてくれます。
あ、ミクシィについてはご存知ですよね。
先日の朝日新聞にも出ていました。
上場したらアッという間に高値がついた、ということでも話題になっていました。
ソーシャル・ネットワーキング・サイトというのだそうです。
友達の友達は皆友達だ!というヤツですね。
すでに参加している人の招待がなければ入れません。
必要な場合はR50にメールをいただければご招待いたします。
元気の出るシニアは
http://mixi.jp/view_community.pl?id=682336
です。
どうか、ご参加を
団塊起業・一人ビジネス法人化計画
ここに書くのはだいぶ久しぶりになってしまいました。
「団塊起業・一人ビジネス法人化計画」というブログを作っていました。
http://otasukehonpo.livedoor.biz/
無料レポートも書きました。
http://mailzou.com/get.php?R=3560
二つのブログは、それぞれにテーマが違いますし、違うようで微妙にリンクしてもいるので(ここでも「団塊起業」というテーマで記事を書きましたし)、それぞれに書き分ければいいのですが、高倉健さんではありませんが、どうも「不器用」なもので...。
メルマガも始めました。
http://www.mag2.com/m/0000206093.htmlぜひ、読んでみてください。
できるだけここにも書くようにしますので、長〜ぃ目で見てください(つーギャグはもう知っている人はいませんね)。
「団塊起業・一人ビジネス法人化計画」というブログを作っていました。
http://otasukehonpo.livedoor.biz/
無料レポートも書きました。
http://mailzou.com/get.php?R=3560
二つのブログは、それぞれにテーマが違いますし、違うようで微妙にリンクしてもいるので(ここでも「団塊起業」というテーマで記事を書きましたし)、それぞれに書き分ければいいのですが、高倉健さんではありませんが、どうも「不器用」なもので...。
メルマガも始めました。
http://www.mag2.com/m/0000206093.htmlぜひ、読んでみてください。
できるだけここにも書くようにしますので、長〜ぃ目で見てください(つーギャグはもう知っている人はいませんね)。
私が気になる日本語の乱れ
昨日の記事で言葉は道具だから、その時代の多くの人が意味を共有できるのなら、本来の使われ方ではなくてもいいじゃん、という話をしました。
その続きですが、私が気になるのは「耳さわりが悪い」「耳ざわりが良い」という言い方。
「さわり」はそれ一語で「さまたげ」とか「さしさわり」という意味ですから、「さわり」にさらに「悪い」をつける必要はありません。
「耳ざわり」で、聞こえが良くない(物理的な意味ではありませんよ。音質が悪いとか、騒音にしか聞こえないとか、世間体が悪いとかいう意味です)という意味になります。
「耳ざわりが良い」に至っては、完全な誤用です。
似たような使い方に「口あたり」があります。
こちらは、飲食物を口に入れた時の感触をいいますから、「悪い」場合も「良い」場合もあります。
これと使い方を混同して「耳ざわりが」「良い」になったものだと思われます。
なんちゃって、これも「言葉は世につれ...」だったら、誤用でもいいじゃんの部類に入ることでしょう。
でも、私の中ではどうにもすわりが悪いんですね。
気持ちが悪い。
元気埼玉のミューおばさんが「おあいにく様」が娘さんに通じなかったと嘆いていましたが、「お生憎さま」も「いい塩梅」も、だんだん使われなくなって意味不明の言葉になっていくんでしょうね。
その続きですが、私が気になるのは「耳さわりが悪い」「耳ざわりが良い」という言い方。
「さわり」はそれ一語で「さまたげ」とか「さしさわり」という意味ですから、「さわり」にさらに「悪い」をつける必要はありません。
「耳ざわり」で、聞こえが良くない(物理的な意味ではありませんよ。音質が悪いとか、騒音にしか聞こえないとか、世間体が悪いとかいう意味です)という意味になります。
「耳ざわりが良い」に至っては、完全な誤用です。
似たような使い方に「口あたり」があります。
こちらは、飲食物を口に入れた時の感触をいいますから、「悪い」場合も「良い」場合もあります。
これと使い方を混同して「耳ざわりが」「良い」になったものだと思われます。
なんちゃって、これも「言葉は世につれ...」だったら、誤用でもいいじゃんの部類に入ることでしょう。
でも、私の中ではどうにもすわりが悪いんですね。
気持ちが悪い。
元気埼玉のミューおばさんが「おあいにく様」が娘さんに通じなかったと嘆いていましたが、「お生憎さま」も「いい塩梅」も、だんだん使われなくなって意味不明の言葉になっていくんでしょうね。
日本語の乱れ?
最近、日本語の乱れを指摘するというのか、嘆く文章・本をよく目にします。
「こだわる」は本来ささいなことに執着すること(マイナスイメージ)をいうのであって、「こだわりの一品」というような(プラスイメージの)言い方は本義ではない、とかね。
そうだと思います。
もともとの「使われ方」としては。
ただ、言葉というのは単なる道具ですから、料理に使うべき包丁も使い方によって人を殺す道具と化すこともあります(これはちょっと例としては、プラスがマイナスになるような言い方ですが)。
例えば「すごい」。
これも本来は凄惨なさまをいうのであって、対象を賞賛したり、褒めたりするのには使いません。
でも、賞賛して感嘆する言い方として「すごい!」という言い方もありますし、「すごく素敵!」と褒め称える使われ方もします。
例えば「全然」。
これも本来はその後に続く言葉は否定であって、「全然いい」「全然大丈夫」などとは言いません。
でも、そういう使われ方してますよね。
私は「言葉は世につれ...」だと思っています。
だから、したり顔をして「そういう言い方は間違い」「本来は...」という薀蓄は好みません。
例えば「あたらしい」という言葉。
本来は「あらたしい」であって、「あたらしい」は「た」と「ら」をひっくり返した間違いです。
「あらたな気持ちで...」とか使いますが、「新」という意味での使われ方としては「あたらしい」のほうが断然多いと思います。
「あたら」という言葉はありましたが、こちらは「あたら若き命を...」という使い方をして、「惜しい」「もったいない」という意味。
その「あたら」と新の意味の「あらた」が混同されたのではないか、というのが通説のようです。
間違いであっても、その時代の多くの人が意味を共有して理解し合うことが出来れば、それでいいじゃない、というのが私の意見です(あたらしい」は辞書にも載っていますし)。
「こだわりの一品」も、そういう使い方で多くの人が共通理解するのならそれでいいじゃん、と思います。
「こだわり」には融通が利かず固執するという意味があると思いますが、例えばがんご親父が融通が利かずに化学調味料を使ったほうが安くて手軽なのに、昆布や煮干などのダシに「こだわる」という意味で使うのだとすれば、あながち間違いとも言えません。
(もしかすると「こだわりの一品」というプラスイメージの用例が辞書に載る日が来るかもしれません。)
「こだわる」は本来ささいなことに執着すること(マイナスイメージ)をいうのであって、「こだわりの一品」というような(プラスイメージの)言い方は本義ではない、とかね。
そうだと思います。
もともとの「使われ方」としては。
ただ、言葉というのは単なる道具ですから、料理に使うべき包丁も使い方によって人を殺す道具と化すこともあります(これはちょっと例としては、プラスがマイナスになるような言い方ですが)。
例えば「すごい」。
これも本来は凄惨なさまをいうのであって、対象を賞賛したり、褒めたりするのには使いません。
でも、賞賛して感嘆する言い方として「すごい!」という言い方もありますし、「すごく素敵!」と褒め称える使われ方もします。
例えば「全然」。
これも本来はその後に続く言葉は否定であって、「全然いい」「全然大丈夫」などとは言いません。
でも、そういう使われ方してますよね。
私は「言葉は世につれ...」だと思っています。
だから、したり顔をして「そういう言い方は間違い」「本来は...」という薀蓄は好みません。
例えば「あたらしい」という言葉。
本来は「あらたしい」であって、「あたらしい」は「た」と「ら」をひっくり返した間違いです。
「あらたな気持ちで...」とか使いますが、「新」という意味での使われ方としては「あたらしい」のほうが断然多いと思います。
「あたら」という言葉はありましたが、こちらは「あたら若き命を...」という使い方をして、「惜しい」「もったいない」という意味。
その「あたら」と新の意味の「あらた」が混同されたのではないか、というのが通説のようです。
間違いであっても、その時代の多くの人が意味を共有して理解し合うことが出来れば、それでいいじゃない、というのが私の意見です(あたらしい」は辞書にも載っていますし)。
「こだわりの一品」も、そういう使い方で多くの人が共通理解するのならそれでいいじゃん、と思います。
「こだわり」には融通が利かず固執するという意味があると思いますが、例えばがんご親父が融通が利かずに化学調味料を使ったほうが安くて手軽なのに、昆布や煮干などのダシに「こだわる」という意味で使うのだとすれば、あながち間違いとも言えません。
(もしかすると「こだわりの一品」というプラスイメージの用例が辞書に載る日が来るかもしれません。)

